【0↣1 Story】豆腐マイスター工藤詩織さんとは?人生を変えた〔はらから豆腐〕を食べながら独占インタビュー!








キャリア開拓家のアキバジュン(@japasta29です。

突然ですが、みなさん!

豆腐のために大学院を中退したヒトに会ったことありますか?

私は先日お会いしてきました。

はらからの豆腐を食す工藤詩織さんとアキバジュン。

 

今回の【0↣1 Story】は豆腐マイスターの工藤詩織さんにインタビューしました!

【0↣1 Story】とは?

現在フリーランスとして活躍されている方や独立に向けて奮闘している方にインタビューし、
0の状態からどのようにして1へ進めたのかを掘り下げるシリーズです。

 

豆腐が主食。工藤詩織(まめちゃん)とは?

通称まめちゃん。豆腐マイスター・食育豆腐インストラクター。1990年生まれ。
幼少期からごはんの代わりに豆腐やおからをたべて育つ。
今では年間1000食以上の豆腐をたべる無類の豆腐好き。
現在はフリーランスとして東京⇄山梨で豆腐の魅力をつたえる活動をしている。
また国内にとどまらず海外でも手作り豆腐ワークショップ、食育イベントを実施。

メディア経歴

  • TBS「マツコの知らない世界」
  • 日本テレビ「ヒルナンデス!」
  • テレビ朝日「夏目記念日」
  • NHK総合「ごごナマ」
  • TBSラジオ「田中みな実 あったかタイム」
  • TOKYO FM「高橋みなみのこれから、何する?」

 

アキバジュン
豆腐界で工藤詩織さんを知らない人はいないほどの有名人ですが、

ここまでどうやって辿り着いたのか0から1のストーリーを。

 

工藤詩織(当時10才)の決意。私は大豆で生きていく!

Q. 無類の豆腐好きの工藤詩織さんですが、そもそも豆腐を好きになったキッカケはなんですか?

まめちゃん
幼少期からいわゆる「おかず食い」という食べグセがありました。さらに、いわゆる子供の好き嫌いと全く変わりない感覚で、「白いお米」が苦手だったんです。

ただニンジンやピーマンが食べられない子供と、なんだか少し扱いが違うなぁ・・・どうやら「白米を好まない」というのは大きな声では言わない方がいいらしい、と子供ながらなんとなく気がついていました。(笑)

なのでお米を避けていたかわりに、副菜で出てくる「豆腐」や「おから煮」への食いつきは人並み以上だったそうで。

次第に、自分にとってそれらの副菜が「主食」という立ち位置になっていました。

おそらく小学校5年生のころには「大豆」さえあれば自分は生きていけるんだ!と、確信していましたね。

手前味噌や煮豆をいつも分け与えてくれた祖母や、趣味で家庭菜園をやっていた父の影響もあり「農」や「食」にもともと関心があったのだと思います。

 

工藤詩織の働く第一条件は「場所に縛られず、持ち歩ける仕事」!

Q. 豆腐の仕事をはじめる前は大学卒業後、大学院に進学されていますね。そのときはどんな仕事に就く予定だったんですか?

まめちゃん
大学・大学院では異文化コミュニケーションという領域で「日本語教育」を専攻していました。

子供の頃から “将来の夢” というものが全くなかったので、働く時の第一条件は「場所に縛られず、持ち歩ける仕事」でした。

当時の将来のイメージは「日本語教師」として世界各地を転々としながら働ければいいなぁ・・と漠然と思っていました。

ただ言語の先生になりたかったというよりも、「文化交流」に強く関心を持っていたので、

常に自分が他者に交流するキッカケをつくれるのは何なのか?そしてそのキッカケが日本の文化でありたいと思っていました。

ひとことで言いますと、日本文化で人々を繋ぐ!という想いでしたね。

 

まめちゃん誕生秘話

Q. 工藤詩織さんがつくりだす交流のキッカケが日本文化=豆腐だったんですね。本格的に豆腐活動がしごとになったのはいつですか?

まめちゃん
日本文化で人々を繋ぐ!となったとき即答できるものが「大豆」であり、なかでも主食にしていた「豆腐」だったんです。

そこで大学時代から「豆腐」を介して人を交流させていきたい、というライフワークのような活動が始まりました。

するとあだ名が勝手に決まっていって「まめじょ」とか「まめちゃん」とか、そう呼ばれることが増えていったんです。

本名を覚えてもらえないこともあるので、しかたなく、名刺には「工藤詩織(まめ)」って書いてましたw

なので豆腐活動がしごとになったのは「いつから」というより「いつのまにか」こうなっていったという感じでした。

ただ、ちょっと長くなるのですが・・・「節目」や「分岐点」と言える時期はいくつかあります。

 

工藤詩織の人生を変えた豆腐との出会い。

まめちゃん

豆腐を介して人が交流する場をつくっていきたいと本気で考え出した時期に経堂という町で福祉施設などの授産品を販売していたコミュニティスペースに出会いました。

そこで「この豆腐知ってる?」と紹介されたのが、はらから福祉会 蔵王すずしろさんの 「はらからもめん袋とうふ 800g」です。(結果、その豆腐が忘れられず、経堂にしばらく住むことになります。笑)

 

豆腐屋さんが年間500軒の店じまい。大学院中退を決意

まめちゃん

「豆腐」というキーワードにひたすらアンテナをはって動いていた中で、次に発見したのが「豆腐マイスター」という資格です。日本で最初の豆腐の食育資格、豆腐の魅力を伝えたい、と思っている人にはもってこいとのことで、直感だったんですが受講しに行きました。

たとえば、絹と木綿豆腐の違いにしても、豆腐のことを、ちゃんと知っている、説明できる、とは言えなかったんですよね。そこで、思い切って資格講座を受けました。

その講座の中で、「豆腐の選び方、料理の使い方、手作り豆腐の作り方」を教わったんですが、何よりも、「大豆の種類が数百種類もあること」「豆腐屋さんが年間500軒というスピードで減少していること」を知り、衝撃を受けました。

そこから「豆腐」をより掘り下げて「大豆」や「豆腐屋さん」に関心が向くようになりました。

豆腐の啓蒙活動がお仕事となったのは、この豆腐マイスター取得がきっかけです。運良く「最年少豆腐マイスター」だったらしくテレビの出演のお話をいただいたり、豆腐作り教室の講師を頼まれたり、といったオファーをいただくようになりました。

最初はあくまで学業との両立を目指していたのですが、

講座やイベントを通じて、豆腐屋さんとのつながりも徐々に増え、「豆腐マイスターを増やすことが、豆腐や豆腐屋さんを盛り上げることにつながるのでは?」と考えるようになり、それであれば責任を持って「仕事」をしたい、ということで、2014年2月に休学、9月に退学をしました。

実は2014年11月に「豆腐&大豆食品フェア」という業界の一大イベントがあったので、ちょうど良いタイミングに思えました。

当時一人で運営をしていた代表とも話し合い、大学院をやめて、豆腐マイスターの講師と協会の運営を担わせていただく流れになりました。

そこからはもう記憶を遡るのも難しいほど濃密で。約2年ほど全国飛び回って、豆腐マイスターさんを増やす活動と、豆腐屋さんとの関係性を、少しずつ、少しずつ、築けるよう努める日々でした。

身の丈に合わない仕事も多く、月に一回くらい挫折を味わっていましたけど、業界の中では最年少のようなものなので、周りの方に本当に助けてもらい、育ててもらってきました。

 

豆腐で生きていく!本当の意味でたべていけるのか

Q. ほんとに豆腐の話になると熱くて止まりませんね!ちなみに現在フリーランスで活動されているんですよね?

まめちゃん

そうなんです。現在は豆腐マイスター協会の運営からは離れ、一豆腐マイスターとして、個人で仕事を受けながら活動しているという流れになります。

「往来(おうらい):行き来・人の交流」という屋号というか指針を掲げ、手作り豆腐教室にとどまらず、お寺さんや飲食店さんとコラボしてみたり、豆腐屋さんとその豆腐を紹介する場を創っていく活動がメインです。

もちろん収入が足りない時もあって、豆腐屋さんの催事や展示会のサポート業務から知り合いの飲食店のスタッフまで結構地道にやってます。

また2拠点生活にも挑戦していて、学生時代から通っていた山梨県北杜市の「ぴたらファーム」の東京在住スタッフをやらせてもらっています。

通年イベント「ぴたら大豆プロジェクト」を立ち上げ、多種類の大豆を、地元や東京から集まったゲストの方達と栽培・加工にチャレンジしています。

 

ダイズバーシティ計画!まめちゃんの夢!

Q. 工藤詩織さんのこれからの夢をおしえてください!

まめちゃん

往来という私の活動を通して意識しているのは、「多様性」のある豊かさ、を残したいということです。

ダイズバーシティ計画!っていうfacebookを5年やっているんですが、大豆とダイバーシティ(多様性)を掛け合わせたダジャレなんですよね。(恥)

大豆にはたくさんの種類がある、豆腐の作り手がたくさんいる、地域ごとに、世代ごとに、豆腐の食べ方がたくさんある。ということを多くの人に知ってもらいたいと思い、立ち上げました。

豆腐にはこの「たくさん」の掛け合わせが大切だと思っています。

どれか一つの要素が「ひとつ」になってしまった瞬間、豆腐の多様性が語れなくなってしまう。

たとえば、近所の豆腐屋さんが無くなってしまったり、スーパーにはなかなか豆腐の種類も取り揃えがなかったり、それだけで豆腐が「選べない」。

それに、「豆腐」の安売りがいきすぎることで希少大豆を育てる農家さんが減ってしまい、豆腐屋さんが「作りたかった豆腐」より「作ることができる豆腐」「買ってもらえる豆腐」を作らざるを得なくなります。

結果、豆腐の個性が薄れていってしまう・・。こういう危機感こそ原動力なので、これからも「豆腐を順位付けをする」ような活動もしたくないですし、現場にも足を運んで豆腐屋さん一人一人とちゃんと話していこうと思っています。

イベントにしても、販売活動にしても、メディアにしても、聞いてきたこと、見てきたものを、伝えていけたらと思います。

フリーランスとして個人で動いているように見えますが、本当に独りじゃやって来られなかったと思っています。あと3年で30歳なので、「まめちゃん」と、可愛がってもらうだけじゃあいけないなぁと常々思っています。

この活動に関心を持ってくれる人たちと、手を取り合って、地に足ついて、できることを少しずつやってみたいと思っています。

 

工藤詩織さんの人生を変えたはらからもめん袋とうふ800g

「はらからもめん袋とうふ 800g」は工藤詩織さんが「豆腐を広めていこう」というきっかけになったお豆腐です。このお豆腐がなかったら、第2の豆腐人生は始まっていなかったとのことでした。

まめちゃん
ムースのようにふわふわで、部分部分で日に日に、表情が変わっていくお豆腐です!

こんなに美味しいお豆腐が世の中にあるということを、自分以外の誰かに、伝えたい。

広めることが、社会貢献になるのであれば、やっていこうと思わせてくれました。

そんな「はらから福祉会」さんと、これから共同開発の商品や・イベント企画に取り組んでいきます。少しずつ自分の活動が「貢献」につながれば幸いです。

 

工藤詩織さんの人生を変えたはらからもめん袋とうふ800gはコチラでお買い求めいただけます。

はらからショップ

 

工藤詩織さん (まめちゃん)

Facebookページまめちゃんのダイズバーシティ計画!

 

アキバジュン
最高においしく、最高にあたたかい空間でした!
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アキバジュン

JAPANESE STANDARD代表。 事業内容は「Creating New Standards」 日本に新しい文化や仕組みをつくります。 【 留学を義務教育化へ】【フリーランスという選択肢】【自宅インドカレーの普及】









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