東京にいけば人生180度変わる。ぼくが目の当たりにした「東京の残酷な現実」








※田舎から東京にでた男のコラムです。

東京という街にきた。
ぼくは宮城県仙台市の大学を卒業後、東京で働き始めた。

営業採用だったぼくは車で関東の小売店舗をまわって生活用品の商談、陳列の仕事をしていた。
今日は東京の小売店、明日は神奈川県、1日で東京、埼玉、神奈川、千葉県のお店をまわったこともあった。

はじめて先輩の車で同行したときに、レインボーブリッジを通過した興奮は今でも覚えている。

「あぁ、ぼくはとうとう東京にきたんだ。」と、胸を躍らせた。

憧れの東京生活はとにかく楽しかった。
会社の人たちは全国からきた猛者たちで、とにかく仕事ができる人がたくさんいた。おかげで営業スキルは片っ端から身につけることができた。

社内は言葉もさまざまだ。
ぼくが入った会社は関西人が多く、毎日関西弁を聞きながら仕事をしていた。まるで異文化体験であった。

プライベートでもたくさんの恩恵があった。
東京出身の都会人の遊び方を教えてもらったり、神楽坂に住んでいたのでおいしいものを毎日たくさん食べていた。

小さい時から憧れていたTOKYO LIFEを手にしたぼくは順風満帆のように思えた。

 

しかし、東京には住みたくない。いつしかそう思うようになっていた。

ぼくの出身は宮城県利府町。
3万人の小さな町である。
一方憧れの東京は1,300万人の人口を誇り、日本の経済を担っている。
高層ビルがそびえ立ち、街はスーツを着たサラリーマンで溢れ、人々の歩くスピードもはやい。

この環境の変化は自分の人生においてプラスに働いたことは間違いない。

ただ、ふと毎朝出勤で通る川の色をみて、近い将来自分の心も汚れてしまうのではないかと思ったことがあった。

満員電車でつぶされそうになり、会社という大きな組織の政治的なことに巻き込まれ、朝から晩まで働く日々を過ごす。

たまに「何のために働いているんだろうか?」自問自答するときがあった。
即答できない自分に警告をだしながらも、毎日、毎年同じことを繰り返していく姿はもはや思考が停止していたのかもしれない。

夜テレビをみるとあっという間に23時になっていたりするあの感覚。
東京生活が季節がかわってはじめて変化を感じる。そのくらい思考が停止しかけていた。

丸3年以上働いたとき、ぼくは会社でメキメキと実績を残して昇格していった。
そして入社面接のときに、人事に話したことを思い出す。

「私は3年間働いたら、起業します!」

よくこんな宣言をする学生を会社は採用したのか不明だが、なんの根拠もない3年という期間が経過したことに気づき準備を始めることにした。

 

起業=会社設立

 

漠然と起業を描いていたぼくはどんな事業をするのか?どこに事務所を構えるのか?まったくプランがなかった。

何を隠そうグループ売上3,000億以上の少し大きな企業で働いていたぼくがやっていた仕事なんて100あるうちの3にも満たない。

わかった気でいただけで、法人を立ち上がる知識なんて何もなかったのだ。

ぼくは憧れの東京にくれば、起業ができるスキルがバリバリ身につくと思っていた。無論、ただの勘違いである。

ぼくには時間が欲しかった。
起業するまでにもう少しだけ時間が欲しかった。

しかし東京にいると思考が停止する自分がいた。

「よし、留学しよう。」今思うと留学という選択肢はただの時間稼ぎだったのかもしれない。

ただこのまま東京にいても何も変わらない自分がいやで海外を選んだのかもしれない。

これは仙台にいたぼくが東京にいけば人生が変わると思ったあの頃とまったく同じだ。

こうして東京を離れ、オーストラリアへ飛び立ったのだ。

環境を変えれば勝手に何かが変わるというのは幻想である。
人は本気で今いる場所でもがいて成長する生き物なのだ。

しかし、環境は人をつくるのも真実。だからこそ、定期的に人は環境を変えるべきではないだろうか。

結果的に仙台から東京にいき、東京から海外にでたことは自分にとってかなりプラスとなった。

何が正解で不正解かも分からない人生ゲームにおいて、1プレイヤーが同じ場所にいてはいけないのかもしれない。

あとがき

田舎に住んでいる時の東京のイメージは最先端。そして心が冷たい人たちがいる街であった。

宮城に住んでいる時は、マヨネーズが切れたら隣の家から借りていたし、秋にはサンマ、夏にはスイカなど季節の食べ物が物々交換される地域コミュニティで暮らしていた。

実際に東京の神楽坂に住んでいる時は隣の部屋にだれが住んでいるか分からなかったし、近所付き合いはまるでなかった。

ただそれはそれで居心地がよかった。もしかすると、コミュニティに距離があると居心地がいい人もいるのではないかと思うようになった。

東京にいけば人生は少しは変わる。しかし、東京は長期戦には向かない土地であるとぼくは思った。

もし今あなたが環境を変えてチャレンジしようともがいているなら東京に行くことをオススメする。ただし期間は決めた方がいい。

長くいればいるほど、目の前の木しか見えなくなるから。
大事なのは森全体を見渡して、自分のペースで歩くことだと思う。

 

おわり

 

 

 

 

 

 

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ふじもん

ジャパニーズスタンダード代表取締役。【仙台30万人フリーランス化計画】2019年仙台にフリーランスが集うコワーキングスペースつくります。拠点は仙台⇆東京です。












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